3.11の記憶

3.11の記憶


4年前の3月11日は花粉症を患いながら
確定申告の仕上げに精を出していた
午後2時に店を開け しばらくして地震
上の棚に並べてあった書籍類は
全て崩れ落ちCDが散乱
倉庫のレコード棚は床が抜け落ちた
人間より猫の方が遥かに危機管理能力は高い
以前放火でパパの裏に
火の手があがった時
ウェンディはいち早く逃げ去った
しかしこの地震の時は店の中から動かなかったから
店にいる方が安全と考えたのだろう
それでも私はウェンディを抱きかかえて
右往左往した
スピコロは長期静養で横浜にいたから
ウェンディにはこちらが助けられた
横浜と八幡山に電話して
家族の無事を確認
片づけをしてこの日は
5時で営業を終了
創業以来初めて売上がゼロだったのは
あとにも先にもこの日だけだ
帰宅すると自宅はそれほどでもなかったが
食器棚からコップが落ちて
ガラスが割れていた
早めに食料を買い置きし
肉や魚、野菜を保存加工
経理をやる気にはとてもならない



数日はぼっとして
ケーブルTVの
アメリカのニュース番組をかけっぱなししていた
体育館のようなところに
死体がずらりと並べられていた
もちろんモザイク入りだが
日本のテレビでは絶対に流さない映像
アメリカのマスコミによって
まぎれもない現実を突き付けられた
そして
福島の原発事故に関しても
独自の推測や分析をしていた


結局日本のマスコミの無能さに呆れ
真実はこの国では平気で隠されるのだ
と痛感した





数日をぼっとしたまま過ごした私は
期日までに税務署に行くことはなかった



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