2015/09/23 今日のオープニング



今日のオープニングは
BOB DYLAN / THE DEMO TAPES
Emmett Till1Emmett Till2


最初のリリースは1974年、
これは1983年に改めて出されたもので
共に製作はTMQ(Trade Mark Of Quality)
TMQ-71055 品番も同一である
内容は、1962-64年にかけて
音楽出版社のリーズ・ミュージック社と
M・ウィットマーク&サンズ社用に
ディランがアコースティック・ギター、ハーモニカ、
ピアノを弾き一人で歌ったデモ録音、
通称ウィットマーク・デモ音源からのもの。
2010年、これらの音源は
『ザ・ブートレッグ・シリーズ第9集:ザ・ウィットマーク・デモ』
(英: The Bootleg Series Vol. 9 ? The Witmark Demos: 1962?1964)
として2枚組CDがオフィシャル・リリースされたが、
アナログ・ブートとしての価値は変わらない。
とりわけ『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(英: The Freewheelin' Bob Dylan)
のアウト・テイク、
ザ・デス・オブ・エメット・ティル - The Death of Emmett Till
の素晴らしさは群を抜いている。


’Twas down in Mississippi not so long ago
When a young boy from Chicago town stepped through a Southern door
This boy’s dreadful tragedy I can still remember well
The color of his skin was black and his name was Emmett Till

Some men they dragged him to a barn and there they beat him up
They said they had a reason, but I can’t remember what
They tortured him and did some things too evil to repeat
There were screaming sounds inside the barn, there was laughing sounds
out on the street

Then they rolled his body down a gulf amidst a bloody red rain
And they threw him in the waters wide to cease his screaming pain
The reason that they killed him there, and I’m sure it ain’t no lie
Was just for the fun of killin’ him and to watch him slowly die

And then to stop the United States of yelling for a trial
Two brothers they confessed that they had killed poor Emmett Till
But on the jury there were men who helped the brothers commit this
awful crime
And so this trial was a mockery, but nobody seemed to mind

I saw the morning papers but I could not bear to see
The smiling brothers walkin’ down the courthouse stairs
For the jury found them innocent and the brothers they went free
While Emmett’s body floats the foam of a Jim Crow southern sea

If you can’t speak out against this kind of thing, a crime that’s so unjust
Your eyes are filled with dead men’s dirt, your mind is filled with dust
Your arms and legs they must be in shackles and chains, and your blood
it must refuse to flow
For you let this human race fall down so God-awful low!

This song is just a reminder to remind your fellow man
That this kind of thing still lives today in that ghost-robed Ku Klux Klan
But if all of us folks that thinks alike, if we gave all we could give
We could make this great land of ours a greater place to live




ディランはこの陰惨な人種差別殺人についての
マーダ―ソングを
アニマルズの『朝日の当たる家』から
メロディを借用して
淡々と歌い出す
サビの部分で感情を込め
小節を追うごとに
物語は輪を広げて胸に迫ってくる






★少し長いがエメット・ティルについて
WIKIから引用させてもらいます
Emmett Till3

エメット・ルイス・ティル (愛称ボボ)(Emmett Louis “Bobo” Till 1941年7月25日? 1955年8月28日)は、
アフリカ系アメリカ人の少年。14歳の時、イリノイ州シカゴの実家からミシシッピ州デルタ地区の親類を尋ねていた折、
食品雑貨店店主、ロイ・ブライアントの妻キャロライン・ブライアント(21才)に口笛を吹いたと、
ロイと兄弟J. W. ミランから因縁をつけられ、後日ティルの大叔父の家からティルを無理やり連れ出し、
納屋に連れ込んでリンチを加え、目玉を一個えぐりだした。その後銃で頭を打ち抜き、
有刺鉄線で70ポンド (32 kg)の回転式綿搾り機(英語版)を首に縛りつけて重りにし、
死体をタラハシー川に捨てた。ティルの死体は3日後に川から発見され、引き上げられた。

ティルの母親は、世界に殺害の残忍性を示すために、棺を開いたまま葬儀を行う事を主張した。
ティルの遺体はシカゴに戻り、多くの市民がティルの葬式に直接参列し、
そして黒人雑誌や新聞報道等により、棺の中の切断されたティルの死体の写真を数万人が目撃した。
黒人運動家や白人の黒人擁護主義者らから次第にアメリカ全土でこの事件に対する抗議の気運が巻き起こり、
全米においてミシシッピー州内の黒人人権状態への監視の目が集まるきっかけとなった。
当初、地元ミシシッピー州の新聞社と州司法当局は、ティルに対する暴力を非難し、裁判を要求したが、
次第に地元住民の擁護と国家の州への干渉に対する批判に変化し、
最終的にミシシッピー州当局が殺人者を擁護する立場へと転換した。
この事件の裁判は大いに報道の注目を集める事となった。判決において、
被告ロイ・ブライアントとミランは、ティルの誘拐と殺人について無罪となったが、
数ヵ月後に、二重の保護の中で雑誌インタビューに応じ、ティルの殺害を認めた。
この事件は、アフリカ系アメリカ人の公民権運動を大きく前進させるきっかけとなった、
重要な出来事の1つとして数えられている。奇しくも、ティルの8回忌に当たる1963年8月28日、
マーティン・ルーサー・キング・ジュニアはワシントン大行進に於いて、
歴史に残る「I Have a Dream」のスピーチを行っている。

2004年、アメリカ司法省は、ミシシッピー州の裁判におけるブライアントとミランの無罪判決に対し
多くの問題点を認め、正式に再審の決定を下した。
再捜査に伴い、ティルの遺体は掘り出され、改めて検死が行われた。
その後遺体は、遺体発掘時の慣例に従い、新しい棺に納められ、再度埋葬された。
ティルの古い棺はしばらく納屋に放置されていたが、
2009年8月にスミソニアン協会に寄贈された。
歴史家の言葉によれば、エメット・ティルの人生と死にまつわる出来事は、
常に人々の心に共鳴し続け、ミシシッピーの全ての出来事が、「魂の帰り着く所」として、
ティル、そしてティルが死んだその地に最終的に繋がると言われる。
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